私文書の落し穴 事例その1

1.元夫にだまされた

2~3か月前から夫の様子が少しおかしい。よそよそしいのである。また、最近いやにおしゃれになったような気がする。以前は着れたら何でもいいという感じだったはずだ。それと帰りも遅くなった。仕事は車のセールスマンだが、不景気な昨今、そんなに残業が増えるとは思えない。遅くなった日に「残業なの」と尋ねると「接待だ」と言う。連日の接待などあろうはずがない。時々、女性の香水の匂いを付けて帰ってくる。そんな日は、風呂に入った際にこっそりとトランクスを洗っていたこともあった。

こんなことが続いたある日、思い切って問い詰めてみた。「あなた浮気してるでしょう、若い女でもできたの」。すると夫は「そうだ、好きな女ができたんだ。 離婚してくれ」と簡単に言った。あまりにもあっけらかんに言うのでその次の言葉が出なかった。悔しさと情けなさで涙が止まらなかった。その日以来、夫とは話をしなくなった。またその数日後からは、夫は平日には帰宅しない。日曜日だけ必要な荷物を取りに来るような別居生活になった。

それから一月後、夫が離婚届を持参した。「この家は君にやるよ」と夫は言った。住宅ローンがまだ1000万円も残っている。「僕も5年後には定年だ。退職金は君と僕とで半分にしよう。それと、今後5年間は住宅ローン代込みで毎月15万円送金するから」と一方的に事務的な口調で話した。今では愛情のかけらもない夫から何と言われても私の心には届かない。「お金で買えないものはない」と公言していた有名人がいたが、「最後はお金」ということかも知れない。その日は離婚届を置いて夫は愛人宅へそそくさと帰って行った。

女子大時代からの友達の中にも離婚した人もいる。離婚した後のほうが生き生きしている人が多いようにも感じる。一番仲のよい友達に相談してみた。「離婚したら自由になれるわよ。でもちゃんとお金は貰いなさいよ」というアドバイスだった。

一先ず、家の名義を夫から私に移すことにした。既に独立した2人の子供にも相談すると、自分で決めて好きなようにするのが一番だという返事だった。なかなか結論を出すことができずにいた数か月の間も、夫からは毎月15万円の送金があった。それまでもお金にはちゃんとしていたから、その点は信用し安心していた。結局、離婚届を渡されてから3か月後に離婚を決意した。今後も、毎月15万円の送金があり、退職金も半分もらえるだろうと信じたからである。離婚届に署名、押印して、市役所に提出した。

それから半年後、毎月の15万円の送金が急になくなった。どうしたのだろうと思いながら、しばらく様子を見たが、やはり送金も連絡もなかった。携帯でも連絡が取れなかったので元夫の会社に電話してみた。すると、3か月前に退職したそうだ。連絡先を知らないかと尋ねると、「スナック真央」の電話番号を教えてくれた。元夫の愛人の店かも知れない。夜9時にその店に電話してみた。するとその愛人らしい女性が出た。名前を名乗り、元夫と連絡を取りたい旨話すと、「ここに居ますよ」と言い代わった。元夫は、「よくここが分かったなぁ。今仕事中だから明日電話するよ」と言って勝手に電話を切ってしまった。

翌日の午後3時ごろ、元夫より電話があった。「何の用事や」とうっとうしそうに言う。「月々の15万円の送金はどうなったんですか。退職金はどうしましたか」と早口で問い正した。すると元夫は「15万円は少し待ってくれ、オープンした店が軌道にのったらちゃんと払うから。それと退職金は新しい店の敷金や改装費に使ってしまったのでないよ」と当然のように言った。「俺の退職金だから俺の好きなように使うのは勝手だろ」と開き直り気味であった。「離婚する際に、退職金は二人で半分にする約束だったでしょう」と言ったが「そんな約束などした覚えがない」ととぼけるのであった。

そこで初めて、「だまされた」と思った。こんなことになると分かっていれば、離婚をする際に対策があったはずだ。翌日、弁護士の有料相談に行ってみた。すると弁護士は、「離婚した後からはなかなか難しいですよ。一番よいのは離婚する際に離婚給付契約公正証書を作っておくことだったんですが」と、半分諦めなさいという口ぶりだった。

結局それ以後、一度も送金はなかった。1年ぐらいして、そのスナックを再度訪ねたが店が閉まっていた。隣のスナックの店員らしき人に尋ねると、一月ぐらい前に男女二人で夜逃げしたらしいと教えてくれた。高利の所から借金していたそうだ。もう、諦めるしかないのか。

※以上の事例は、私文書に関するトラブルを理解しやすいようにするためのフィクションです。

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